小池先生 日本記者クラブ会報に「リー・クアンユーにみる指導者像」を寄稿

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桜が散り、新緑の青々しさが眩い今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

さて、グローバル・ポリシー研究センター代表の小池洋次先生が、
日本記者クラブ会報4月号に「リー・クアンユーにみる指導者像」を寄稿しました。
その記事のファイルを添付しますので、皆様是非ご覧ください!

 

日本記者クラブ会報4月号に「リー・クアンユーにみる指導者像」

 

コメント 文責:福田聡菜(事務局長)

名前程度しか知らなかった私が「リー・クアンユー」を知るきっかけとなったのは、
当研究センターのグローバルカフェで、彼のことを取り扱った回を通してのことでした。
「シンガポールを建国したすごい人」程度のふわっとしたイメージが、話を聞くうちに
骨ができ肉が付き、その人物の具体像が固まるにつれ、
「とんでもなくすごい人が、自分と同じ時代に息づいていたのだ」と驚きました。
その後まもなく、2015年にお亡くなりになったことに衝撃を受けました。
もっと早くに彼のことを知っておけばよかったと。

私が「リー・クアンユー」について最も印象に残っているのは、彼の「生への執着心」と「実現への意思の強さ」です。
指導者として優れているのはもちろんですが、一人の人間として彼の人間力の強さに、当時はいたく感動したことを覚えています。

私は人の強さとは、心の強さであると考えています。
苦難に立ち向かう強さ、生き抜こうとする強さ、いかなる壁を前に折れない心の強さ、倒れても立ち上がる強さ・・・
そういうものを持ち続けられる人こそが人間的に強い人だと思います。
そして、強い心を持ち続けることは非常に難しいことです。
だからこそ、人々は強い人を求め、そのような人の周りに集い慕うのでしょう。
(並みの人より強者の立場にある人が指導者となる流れは、当然なのかもしれません)
自分が生きることだけを考えるならば、強くなれる人は少なくないでしょうが、彼は異なります。
「リー・クアンユー」は国を率い、シンガポールに住む国民のために、指導者として強者のままであり続け、結果その姿は国内外の多くの人々に影響を与えました。
他に類のない偉大な指導者と称えられるほどに。
自分以外の人々のために、ここまで強くあれるものなのでしょうか。
彼のしたことは「指導者だから」という立場だけでは、実現できるものではないと思います。

彼の記事に触れると、優れた政策が国や国民を導くのではない、と諭されている気分になります。
「自国を良くする、そのためにこうあらねばならない」という強い意志、そして明確なビジョンを持つこと。
その上で「絶対に殺されはしない」という、何者にも潰させない執念を持つ人が指導者となったとき、
人々はその人の熱意に動かされ付き従い、そして物事が大きく動き、世界が変わっていくのだと。
ひいては、政治も、仕事も、果ては学業まで・・・すべての事柄は人が、人の思いが世界を突き動かすのだと。
何かとシステム面の不十分さばかり槍玉に上げる今日の日本の世論に対し、ソフト面こそ重要なのだと、知らされる思いがしてなりません。

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