井上先生論文「新型コロナ・パンデミックと中国の対外行動」

Update お知らせ グローバルカフェ

2020年9月12日のグローバルカフェでメインスピーカーをされました、関西学院大学総合政策学部教授(GPRC研究員)井上一郎先生の論文が学会誌に掲載されましたので、ご紹介します。
皆様ぜひご覧になってください!
尚、脚注部分はweb上で正しく反映することができませんでしたので、本文のみの紹介となります。
何卒ご了承くださいますよう、お願い申し上げます。

 


 

新型コロナ・パンデミックと中国の対外行動

関西学院大学 井上一郎

 

1.はじめに

1月に中国武漢で発生した新型コロナ肺炎は、その後パンデミックとなって世界に広がった。この間の中国の積極的な対外行動については、諸外国から警戒の目をもって見られるようになる。それまで激しく対立していた米国が最大の感染国となり、トランプ政権が国際社会においてリーダシップを発揮できないでいる間隙を突いて、中国がこの機会を利用して存在感を高めようとしているとして懸念を示す声がある 。コロナ禍が世界に拡大する過程でみられた中国による南シナ海や東シナ海での行動の活発化、香港や台湾に対する一連の強硬な姿勢を、この機に乗じて中国の勢力拡大を目指す行動ととらえる見方もある 。またこの間、本来諸外国との間で円滑な調整の役割を担うべき中国の外交官までもが強硬な発言を繰り返し、特に欧米諸国との関係において摩擦が生じた。これをもって「戦狼外交」としてコロナ期における中国の特徴的な中国の外交姿勢として着目する見方もある 。
一国の対外政策に与える影響として国際要因と国内要因がある。中国外交に着目すれば国際要因については、中国から見れば特に近年の米中対立の先鋭化が第一に考えられる。一方、国内要因とそこに起因する対外政策とのリンケージは、中国のような体制の国家の場合に実証は簡単ではない。中国の対外政策における国内要因を理解する上で、ナショナリズム要因に着目するコンストラクティヴィズム的アプローチがしばしば用いられるものの 、それに加えて、制度的分析、つまり対外政策決定の構造を踏まえた分析も必要である。
本稿では、中国において感染が発生した後、国内で感染の封じ込めにほぼ成功する一方で、世界に感染が拡散する過程において観察された中国の対外行動について、以下の諸点に着目しつつ議論を進める。新型コロナ・パンデミックに乗じて機会主義的に勢力を拡張しようとしているとする見方があるが、コロナ感染拡大後、中国の対外政策の基本的姿勢に変化が生じているのか。また、より強硬な姿勢に注目が集まる今日の中国の対外行動であるが、その背景にはどのような要因があると考えられるのか。

 

2.コロナ禍と強硬化する中国の対外行動

(1)近隣国・地域との一連の緊張
コロナ禍以降の中国の対外行動を見れば、2月に中国解放軍空軍機が台湾海峡の中間線を越えて台湾側に侵入し、その後も同様の事例が頻発している。4月にはパラセル諸島(西沙諸島)近海でベトナム漁船が中国海警船舶と衝突して沈没する事件が発生した。さらに、6月に入り中印国境でにらみ合いを続けてきた双方の軍が衝突し、インド政府発表でインド側死者20人を出す事態が生じた 。6月末には、それまで審議されてきた香港国家安全維持法が全人代で可決され施行されることとなった。日本との関係においても、4月上旬に習近平訪日が予定されていたにもかかわらず、東シナ海の尖閣周辺海域における中国公船の活発な活動は継続している。また、コロナ禍が拡大する間、中国外交官の強硬な発言がしばしば伝えられ、各方面の反発を招くといった事態も生じた。この間の一連の事件からは、たしかに中国の対外行動がこれまでよりも強硬化しているようにも見える。しかしこれをもって、中国が、コロナ禍による米国の混乱の時期をとらえて機会主義的に勢力拡張に乗り出したと解釈すべきであろうか。
中国は南シナ海をめぐり、米国が「航行の自由」作戦を強化するに対抗して強硬な姿勢を示しているが、それはパンデミック発生以前からのものである。また、4月のベトナム漁船との衝突、沈没事件については、特に漁期となるこの季節にはベトナム漁船との接触や衝突がこれまでも発生しており、コロナ禍との直接の因果関係は見られない 。台湾への解放軍の強硬姿勢については、1月の台湾総統選挙で民進党の蔡英文が再選されたことへの警戒、さらには米台接近への不快感の表明という文脈で理解すべきであろう。中印国境衝突や香港での強硬姿勢についても、パンデミックを機として中国が攻勢に出たというよりも、それぞれ個別の背景が存在する。香港国家安全維持法の導入は、前年の逃亡犯条例改正をめぐる香港でのデモを受けて全人代で検討されていたものである。また、東シナ海、尖閣をめぐる中国海警局公船の活動も、パンデミック以前からの継続した動きといえる。
一連の事件をめぐり、中国は一貫して強硬な姿勢を示しているように見えるが、これらの問題は中国にとって主権に関する問題である点で共通している。国内において習近平は、米国への対応、低迷する経済への対応を巡って、一定の圧力にさらされていると推察される。加えて、米トランプ政権は新型肺炎の自国での感染が拡大したことにより、ますます厳しい批判を中国に向けるようになっている。中国の指導者としては、このようななかで特に主権のからむ問題をめぐっては対外的に弱いという姿勢を見せることはできないといえる 。

 

(2)対外行動の背景にある政策決定・執行ライン
また、このような中国の対外行動を理解する上で、それぞれの問題を所管する政策の決定と執行のライン(「系統」)も考慮に入れる必要がある。すなわち、南シナ海や台湾海峡、中印国境の現場での解放軍の動きや、さらには東シナ海の海警局の動きは軍の指揮命令系統に入る。香港での国家安全維持法の導入の政策決定は全人代、すなわち国内立法過程として行われた。すなわちこれらは外交部が所管する狭義の外交問題ではない。よって、これらの問題まで、最近の「戦狼外交」と称される外交部関係者の強硬な発言と同列に扱い、一括して理解するのは適当ではない。
軍系統の政策決定や、香港問題をめぐる全人代における政策決定は主権にかかわるものであり、本質的に柔軟性を欠き、国際社会の反応に機敏に対応できる性質のものでもない。軍や海上執行機関の活動の背景については、予算や人員、権限獲得のための実績作りといった組織としての「標準作業手続き」的発想も考えられる。米中対立が厳しくなるなかで、中国外交当局の日本に対する姿勢は明らかに融和的になり、国内報道においても日本への批判的な報道は減少する一方で、このような日中関係改善基調においても、中国海警局は定期的に尖閣海域に公船を派遣した。主権をめぐる問題では強い姿勢を維持しながらも、中国当局としては、自国をめぐる国際環境が厳しくなるなか、今はむしろ台湾や南シナ海において、これ以上に積極的な行動を起こすには不利な環境であるという冷静な判断もあるものと考えられる 。
これまでの動きを見れば、中国の姿勢には確かに強硬な要素が観察されるものの、コロナ禍をとらえ、新たな政策として機会主義的に強引に影響力を拡大しようとしているようには見えない。むしろ、習近平時代に入りこれまですでに存在した中国の強硬な対外的な姿勢が、コロナ禍を経てさらにはっきりとした輪郭を現したとみる方が適当である。すなわち、今日の中国の強硬な対外姿勢を従属変数とすれば、コロナ禍は独立変数ではなく、媒介関数ととらえることができるのである。

 

3.「戦狼外交」の態様

(1)米中対立のなかでの強硬姿勢
主権が関わり柔軟な対応がとりにくい海洋問題や香港、台湾問題などの戦略的な問題と比べれば、中国外交当局の主たる役割はむしろ戦術的な分野での政策の実施であり、本来、その時々の国際環境に応じて臨機応変な対応は可能である。したがって、合理的な外交戦略、さらにはバランス・オブ・パワーの観点からは、中国は米国との関係が厳しいなかで、その同盟国である欧州主要国や豪州との関係までさらに悪化させる必要はない。にもかかわらず、大使も含む中国の外交官が近年強硬な発言を繰り返し、現地の反発を招く事態がしばしば発生し、「戦狼外交」と呼ばれ注目を集めている。このような行動の背景には、米国との対立下で国内で高まるナショナリズムを背景として、悪化する国際環境に対する過剰にディフェンシブな意識と、それゆえに強硬な姿勢が共存しているといえる。
「戦狼外交」の一つの側面は、対立が深まるアメリカに向けられた発言である。3月12日、中国外交部の趙立堅副報道官が「武漢に新型コロナ・ウィルスを持ち込んだのは米軍かも知れない」とツイッターに書き込み、米国との対立を更にあおることになった。しかし、趙立堅はすでにコロナ禍以前の2019年7月に、在パキスタン中国大使館臨時代理大使の際に、米国の人種差別をめぐりライス米元国連大使とツイッター上で激しいやりとりを行い話題になった経緯がある 。中国外交官による「戦狼外交」のもう一つの方面の摩擦は、欧州や豪州において、コロナ感染拡大に関連して中国大使の発言が現地の反発を買うという事例が続いたことである。これに関しては、新型コロナ発生源の真相究明を求めた豪州のモリソン首相の発言に激しく反発したように、中国はこれまで新型肺炎の世界的拡大の責任を問われることに一貫して強い態度で反発を示してきている。但し、欧州においても感染拡大前から、すでにスウェーデン、チェコなどいくつかの国との関係で、個別の理由で中国との対立が生じており、また、豪州との対立もそれ以前から相当程度高まっていた。
このような中国外交官の言動の一方で、すでに厳しい対立となっている米国や対中感情が引き続き極めて厳しい日本においては、現地の事情に詳しく経験の豊富なベテランの中国大使は、伝統的外交官らしく抑制された言動、慎重な姿勢を維持していたことにも注目すべきである。先の「ウィルスは米軍が持ち込んだ」とする趙立堅報道官の発言に対しては、崔天凱駐米大使は婉曲的ながらも否定的な発言を行っている 。
若い世代の中国外交官の言動からは、ナショナリステックで対外的に強硬な姿勢を示すことが、むしろ歓迎されるような政権内部の組織文化が伝わってくる。また今日、外交系統の組織においても、習近平指導部に対して幹部らも保身のために愛国的な姿勢を示す必要があり、「忠誠の競争」のような現象が生じているとも考えられる。冷静に考えれば、たとえそのような言動が中国の長期的かつ戦略的な国益を損なうにしても、それぞれの個人や組織にとっての当面の利益にはかなうという認識がそこには存在するものと思われる。
すでに述べたとおり、米中対立が厳しくなるなか、国内世論との関係でも対外的に強い姿勢を見せる必要もある。趙立堅のウィルス米軍起源発言については、トランプ大統領も含め米国内で更に大きな反発を巻き起こしたにもかかわらず、引き続き外交部副報道官のポストにとどまっている。またそれ以前に、趙はパキスタン駐在の際の人種差別発言にもかかわらずその後外交部副報道官に抜擢されているが、これは組織内では明らかに昇進といえる。

 

(2)失敗した対欧州外交
一方で、欧州との関係では、国内での感染拡大を抑えることに成功した中国が、中国外で最初に感染が深刻化したイタリアを含め、欧州における感染被害が深刻な国々に対して援助を提供するなど積極的な外交を展開した。最初に感染が始まった中国としては、失った信頼を取り返すべく、焦りにも似た宣伝色の強い過剰な外交を行った結果、近年欧州主要国においても徐々に共有されつつあった対中警戒感をさらに高める結果となった。
この時期、習近平国家主席、李克強総理は各国首脳に、王毅外交部長は各国外相に対して、見舞いと協力のきわめて活発な電話外交を展開した。しかし、英独仏伊などの主要国首脳に対する電話は習近平自らが行う一方で、欧州委員長フォン・デア・ライエンに対する電話は李克強からであったと伝えられる 。すでにこれまでも、困窮したギリシャへの中国のアプローチなどがEU全体としての結束を損なうものとして警戒を呼んでいた。求心力が弱まっているEUとしては、加盟国に対するこのような中国の個別アプローチには敏感である。EUはその後、台湾からのマスク支援受け入れも決定し、政治的リスクを受け入れながら中国とのバランスをとった 。
フランスのマクロン大統領は、感染拡大への対応を協議すべく中国がメンバー国でなはないG7テレビ会議の開催を提唱した 。また、ブレグジット後、中国経済への依存を高める姿勢を示していた英国においても反中感情が高まり、その後、香港問題をめぐりさらに姿勢を硬化させた。これまで経済的配慮から中国への厳しい発言を控えていたドイツのメルケル首相でさえ、中国の透明性に苦言を呈するようになった 。しかしその後、中国内においても現場の外交官の姿勢や発言については若干の見直しが行われているようであり、最近はかつてほど強硬発言が見られない。

 

(3)「宣伝」化するパブリック・ディプロマシー
中国では近年「中国の物語を語り、中国の声を伝える」とする「話語権」を国際言論空間において高めようというする姿勢が見られる 。これは相手国国民、さらには国際社会の共感を得ることを目的とするこれまでの「公共外交(パブリック・ディプロマシー)」とは明らかに性質が異なるものである。中国国内においては、新型肺炎の感染が終息してくると、習近平主席と共産党の指導力によって感染の封じ込めができたのであり「党と主席に感謝すべき」との国内宣伝が行われた。のみならず、パキスタンのような友好国に働きかけ、世界は中国に感謝しているといった報道を国内向けに流した 。それどころか厳しい対立関係にある米国においてさえ、在シカゴ中国総領事館はウィスコンシン州議会の関係者に中国に対する感謝の決議を要請し、反発と失笑を買ったと伝えられる 。「中国は早期に封じ込めしたことにより感染の世界への拡大を防ぐのに貢献したので、世界は中国に感謝すべきである」といった意見は 、国際社会では大きな違和感をもって受け止められることになる。
中国とすれば、信頼回復とともに国際的地位の向上や影響力の拡大をも目指したキャンペーンではあったが、国内向けの中国共産党の宣伝スタイルがそのまま海外に発信されているようであった。相手国の共感を得られないなかでの過剰な外交攻勢はかえって逆効果となり、その後、各国メディアから「マスク外交」のレッテルを貼られる結果となった。

 

4.党主導の対外政策決定

(1)中国の官僚文化と「分断化された権威主義」
このように外部からは「合理的」とは見えない中国の対外行動を理解する上では、中国独特の政策決定の構造にも着目する必要がある。現場から遠い最高指導者、その間に存在する多くの階層など、中国では伝統的に合理的な政策の決定と実施段階においてバイアスを招きやすい要因が存在する。政策決定におけるこのような構造は「分断化された権威主義(Fragmented Authoritarianism)」と表現され 、今日においても有用な分析フレームワークである 。上級部門からの指示に対しても、官僚組織のフィルターを経た結果、現場の利益に即した解釈やサボタージュなどがしばしば発生する。またその反対に、指導者の見たいもの、考えているものを見せようと、上からの指示に下級部門が過剰に迎合し行動した結果、かえって問題を大きくすることもある。このような中国の組織文化に根ざしたバイアスの存在によって、しばしば政策決定者が本来意図した合理的な政策効果が得られない結果となる。
またそもそも、中国共産党の厳格な組織規律では、党中央で一旦合意が形成された方針は絶対服従であり、下級の実施部門が現場の経験や専門知識に基づいて批判や修正を加えたり、微調整を行ったりということは通常困難である。ブッシュ(Richard C. Bush)は「最高指導者が最終決定しなければならないようなむずかしい判断については、官僚はとても慎重になり、創造的な助言を与えることに消極的になる」と指摘する 。その結果、中国では、外交領域も含め政策の失敗についての認知と調整、変更には、常に時間がかかり、外部環境の急激な変化に受け身となりがちである。

 

(2)トップダウンによる政府から党へ
このような中国の組織文化による政策決定のバイアスは、習近平時代になって導入されたトップダウンの政策デザイン(「頂層設計」)によって、政府から党への権限のシフトが生じ、さらに加速することになった。習近平は、前任の胡錦濤時代の政治局常務委員会の分権的構造による指導力の欠如、受動的で非効率な統治、テクノクラートによる官僚機構の固定化などの問題に対して、大胆な機構改革を行い、強い政治的リーダーシップを追求した。それは党や習近平への権力集中を通じて行われ、その手段として新たな多くの小組が党中央直属として設立され、習近平がそのトップに就いた。同時にこれは国務院すなわち政府部門から、党中央への実質的権限の移行を目的としたものでもあった。
2013年18期三中全会では「改革の全面深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」を採択し、中央全面深化改革領導小組をはじめとする多くの小組が立ち上げられその多くの組長のポストに習近平が就任した 。また、国家安全活動の統一的かつ集中的指導を目的に、2014年1月の党中央政治局会議において中央国家安全委員会が設立された 。さらに、2018年全人代終了後の3月末、既存の主要な中央直属小組についても組織改革が発表された。これによれば「党、国家事業の全体に関わる重要業務に対する党中央の集中統一的指導を強化し、政策決定および職責の統一的調整を強化する」目的で、中央外事工作領導小組などの主要小組は委員会にアップグレードされた 。従来、小組の役割は政策調整や諮問機関として理解されてきたが、委員会に格上げされたことの効果は政策決定権限が強化されたことにある。
改革開放以降、業務に関する専門性の蓄積のある政府側の機構が、政策の実施のみならず決定においても徐々に実質的な役割を担うようになり、党側は一部の重要な政策への介入や方向性を示すにとどまっていた。しかし、習近平のもとで、小組はより政策の実質的過程にも介入するようになった 。

 

(3)外交現場でも高まる党の圧力
党からの指導が外交部や外交官たちにも強まっており、その発言などもますます国内の論理に即した言動を求められるようになっている 。国務院傘下の外交部内においても、2019年党員会書記に斉玉が任命されたことは象徴的である 。斉玉は外交部出身ではなく前職は党中央組織部副部長であり、これまで外交の経験は一切なく、一貫して国内で党務に携わってきている 。外交部においても幹部を他の組織から受け入れ、逆に出向する事例はすでに人事交流の一環として以前から行われてきた。しかし、外交部の党組織のトップが外交官出身者でないのは、訓練されたプロフェッショナルな外交官が外交部党委員会書記に就くようになった近年でははじめてである 。外国語が堪能で海外の現地事情にも通じた上で、その専門知識を政策にフィードバックすべき外交部で、内政や党の経験しかもたず、また、そのようなキャリアを通じて形成された対外観を有した人物が重要なポストに配置されたのである。
外交の現場と距離があり、イデオロギーをより重視する党が、外交政策の決定のみならず実施のレベルにおいても重きをなすようになれば、外部環境への感度を低下させることにつながる。ひいては、外交部内で作成され党中央に上げられる情勢分析などにも影響を与えることになる。その結果、中国を取り巻く現実と中国自身の国際情勢認識にますます大きな乖離が生じることになるのである。

 

6.おわりに

既述の通り、今般のコロナ禍を契機として中国が積極的かつ強硬な外交を展開するようになったというよりも、すでにこれまで存在した中国の対外姿勢が、この期間を通じますます鮮明になったと理解すべきであろう。また、パンデミックを通じ、中国をめぐる国際関係の構図がより顕在化することになったともいえる。コロナ禍を経て米中対立はますます先鋭化した。また、米国を中心とするリベラル民主主義国家群と、新型肺炎への対応も含め中国の支援に多くを頼る「一帯一路」沿線の権威主義国家群との分岐が大きくなった。さらには、数の上では途上国が上回る国際機関の場を中国が利用し、影響力を拡大し、米国や先進国主体の米同盟国に対抗しようとする構図も見えてきた。
自由でリベラルな国際秩序への中国の挑戦という図式でみれば、コロナ禍が発生する以前からすでに米中は厳しい対立関係にあった。一方で、かつての欧州から見た中国は、経済的考慮が大きい一方で、安全保障面での警戒感は高くはなく、個別の問題はあるにせよ、英仏独などの欧州主要国においても、米国の厳しい対中姿勢とは一線を画すものであった。よって、中国としては米国と欧州との分断を図るのが従来からの基本戦略ではあったものの、コロナ禍下の「感度」の低い外交とその失敗により、欧州主要国の中国への警戒感を高める結果となった。米国との厳しい対立のなかで、中国の外交戦略としてはその同盟国や友好国と対立すべきではない。一方、中国の自己認識としては、中国からの支援を歓迎している国々も未だ世界に数多く存在し、かならずしも孤立しているわけではない。さらには、新型肺炎により自国も大きな被害を被ったものの、感染の世界的拡大により他の主要国の損失はさらに大きく、結果として「相対的利得」を得ているとの分析も成り立つ。
もう一つ、今回のコロナ感染拡大を通じて見えてきたのは中国の国際機関に対する積極的な関係構築、影響力拡大である。1月末に訪中したエチオピア出身のテドロスWHO事務局長は、習近平との会談の際に中国側の初期対応を称賛した 。この後感染が世界に拡大し、中国政府の初期対応に国際的な非難が高まった際にも、中国は、WHOは中国の対応を称賛しているとして、専門知識を有し、政治的に公平中立が前提の国際機関の権威をもって自国の行動を正当化した。習近平はオンラインとなった9月の国連総会のスピーチで、「私たちは断固として多国間主義の道を歩み、国際関係の核心としての国連を守る」と主張した 。
中国はこれまで、リベラルな国際秩序の枠組みを正面から否定するのではなく、むしろその枠組みの一環としての自由貿易などを十分に享受しながら発展してきた。しかし、今日の中国は、自由や民主、人権といった価値観を重視するリベラル・デモクラシーにもとづく秩序や、アメリカを中心とする安全保障体制についてはもはや支持しない一方で、国連を中心とする国際秩序について強調するようになってきているのである 。
(本論文は2020年11月1日現代中国学会全国大会における報告原稿である)

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