核脅威の変質に関する米政権の取り組みと今後の課題

アメリカ政策研究

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核脅威の変質に関する米政権の取り組みと今後の課題
桜井 祐貴

去る6月9日、関西学院梅田キャンパスにて、関西学院グローバルポリシー研究センターの活動の一環で、私の研究発表をさせていただいた。
昨年度に小池教授の指導の下、書きあげた修士論文の概要が今回の発表のテーマであった。
以下にその発表の内容を記したい。

近年、核軍縮や核廃絶に向かった動きが国際的に高まっている。この核軍縮、廃絶に向けた世論の高まりが起こった原因となるのは、2009年の4月にアメリカのオバマ大統領がチェコのプラハで行った「核兵器のない世界」の演説だろう。
アメリカの大統領としては核兵器を使用した唯一の国の道義的責任として、核兵器のない世界を目指すと言及したのである。
このことがアメリカのみならず、日本や世界各国で大きく報じられ、核兵器のない世界に賛成する国際世論が高まっていった。
さらには、オバマ大統領がノーベル平和賞を同年に受賞するきっかけにもなった。
その後も、アメリカ主導の下、2010年4月には核セキュリティ・サミット、5月には核不拡散条約(NPT)再検討会議が行われた。
アメリカ自身も同年4月に核政策の見直し(NPR)を発表するなど、核に関する議論が多く行われている。
これらの会議や政府の発表が、オバマ大統領が述べた核のない世界へ向けたものであるとよく報じられているが、一番の議題となっていたのが、テロリストが持つ核によるテロの脅威についてであった。
核テロの脅威や、核のない世界にむけて各国はどのような政策をとるべきなのかというときに、鍵となるのはアメリカ政府の取り組みである。
先に述べたように、オバマ大統領がプラハで演説を行ってから核軍縮に向けた国際世論が高まった。
そのように、国際的な世論を高めたオバマ自身が核安全保障サミットを主催したことで、多くの国が集まり、そこで核テロの脅威について認識を共有することができた。
NPTで核保有が認められた国の一つであり、ロシアと並んで非常に多くの核兵器を所有しており、さらに世界に影響力を及ぼしているアメリカでなければ、核テロ対策、核軍縮、核廃絶に向けて他国をリードするというのは難しいと考えられる。
オバマ政権の取り組みを見れば、核政策に対して熱意を持っていることが分かる。
ロシアとの戦略核兵器削減条約(START)の後継条約の批准も上院で可決に成功し、先に述べた2つの国際会議も主導するなどした。
しかし、オバマ大統領自身もプラハの演説で述べたが、核のない世界の実現には多くの時間がかかるだろうし、そもそも実現するのかどうか明確でない。核テロ対策もそうである。
もうすでに核がテロリストの手に渡っているということが、専門家らによって指摘されている。
アメリカは今でこそそれらに対して様々な取り組みを行っているが、まだ問題点も多く見られる。
アメリカの核政策を分析するためには、アメリカの核戦略、核軍備管理政策、核不拡散政策、そして、対非国家主体政策の4つの戦略・政策を理解する必要がある。
この4つの連携に関しての分析を行えば、安全保障効果の最大化が最少コストで期待できるため、価値のあるものである。
4つの戦略・政策の連携は行われているのか。
本論文では、そこに注目しつつ、近年の核に関する国際社会の問題意識を踏まえた上で、2001年の同時多発テロ以降大きく変化した核の脅威の変質について論じ、核脅威の変質に対応したブッシュ政権、オバマ政権の核政策を挙げ、米政権の取り組みを理解する。
その上で、それらの取り組みに対しての評価や今後の課題について、論じていきたい。

冷戦期から9.11までの核の脅威の対象となるのは、第一点にはアメリカなど資本主義陣営から見たソ連など社会主義陣営、ソ連など社会主義陣営から見たアメリカなど資本主義陣営の保有する核兵器である。
第二点にはインド、パキスタン、イスラエルなど地域紛争、民族紛争で用いられる可能性のある核兵器である。
これらにおいては、国際社会に対してある程度責任のある大国、周辺地域をけん引する影響力のある国の持つ核兵器が脅威であり、国家対国家の核兵器を用いた全面戦争こそが安全保障上の最大の脅威であった。
それでは、同時多発テロ以降の核の脅威の対象はどうなったのか。
第一にはアルカイダなど過激派テロ組織による核兵器、放射性物質の入手とそれらを用いた攻撃である。第二には北朝鮮や、核兵器を開発しているのではないかといわれるイランなどのいわゆる「ならず者国家」の保有する核兵器である。
これらにおいては、国家対国家だけではなく、国家対非国家主体、非国家主体対非国家主体による核を用いた武力衝突が生まれる可能性、また、決して大国ではない国が、自国の存亡をかけた外交カードとして次々と保有する可能性をはらんでいる点で重大な脅威と言える。
以上のように、同時多発テロ以降、国際社会における核脅威の認識は大きく変質したのである。
歴代の米政権の核政策はどのようなものであったのだろうか。
冷戦期においては、大量破壊戦略などの核戦略の下、ソ連に対抗するための軍拡が行われていた。しかし、一方では、NPTによる核不拡散を推し進めるという核不拡散政策もとられていた。
対非国家主体政策においては、国際的にもそれほど大きな関心を呼ぶものではなく、議論こそされていたが核テロが今にも起こりうるのではという議論には至っていない。
そのため4つの戦略・政策が連携することはほぼ無かったと言ってもよい。
冷戦終結後は、アメリカにとって差し迫った脅威が無くなったこともあると同時に、それまでに大きく膨らんでしまった財政赤字を立て直すべく、安全保障政策よりも経済に重点がおかれるようになった。
そのことは、湾岸戦争をはじめとする外交面で高く評価されていたはずのジョージ・H・W・ブッシュ大統領が、とにかく経済・財政の立て直しが急務だと訴えたクリントンに大統領選挙で敗北したことからも見て取れるだろう。
そのクリントン政権においては、前章で述べたとおりいくつかの安全保障戦略を発表し、その中で核戦略を定めていた。
そこでは、ならず者国家や大量破壊兵器を新たな脅威とする一方、非国家主体に関しては軍事的な意味での脅威という位置づけには当初は至らなかった。
核戦略が定まらないままでは、核軍備管理政策や核不拡散政策も定まらず、せっかくの包括的核実験禁止条約(CTBT)批准のチャンスも、反対派の説得に失敗し、行き当たりばったりの採決を行った結果、上院で否決されることになった。
その後のブッシュ政権においては、同時多発テロを受けて、テロ組織のような非国家主体を犯罪組織ではなく、軍事上の敵と位置付けたことからも対非国家主体に関しては熱心であったと言える。
その成果としては、前述した国連安保理決議1540号を挙げることができる。
この件に関しては、対非国家主体政策と、核軍備管理政策、核不拡散政策の連携ができていた。
しかし、イラク・イラン・北朝鮮を「悪の枢軸」とまで呼んで非難し、国際的な世論の反対を押し切ってイラク戦争を始めた結果、北朝鮮は核兵器の開発に成功し、イランも核開発を進めることになった。
この件では安全保障戦略の1つである核戦略と核不拡散政策の連携がとられていなかった。
そのような状況で後を継いだオバマ大統領だが、オバマ政権においては核戦略、核軍備管理政策、核不拡散政策、そして、対非国家主体政策の4つの戦略・政策を連携させようとしている。
それは、米政権の核戦略の表れであるNPRからも見て取れる。
NPRにおいては、前述の通り核拡散と核テロリズムの防止、安全で確実で効果的な核戦力の維持というものをそれぞれ一つの柱としており、4つの戦略・政策が密に連携させようとしている様子を見ることができる。
また、核セキュリティ・サミットを開催し、多くの国の首脳を集め、国際的な関心を高めることができた。
オバマ政権は4つの戦略・政策の連携の重要性を世界に広めることができているのではないだろうか。
しかし、オバマ政権においてもまだ4つの戦略・要素の連携は不十分である。プラハ演説において早々に批准し、発効を目指すと宣言したCTBTに関しては、まだ批准が行われていない現状がある。
2010年の中間選挙において、野党共和党に敗れ、かろうじて与党民主党が過半数を維持できたことからも、CTBTの早期批准は難しくなった。
リーマンショック以降の不況、多額の財政赤字、そしてその財政赤字の要因の1つとなっている2つの戦争という状況もあり、オバマの第一の課題は経済・財政の立て直しとなっている。
そのために、CTBTの早期批准はもちろんのこと、中間選挙以前のように核政策に力を入れることが難しくなっている。
さらには、核のない世界を目指しているはずのオバマ政権においても、何度か臨界前核実験が行われていることも今後、核不拡散を推し進めていく上で大きな障壁となることが予想できる。
2012年1月にも、新型核性能実験が行われたことが明らかとなり、オバマ政権の核のない世界をどれだけ本気で目指しているのかが試されることになる。
歴代の米政権において、4つの戦略・要素の連携が足りなかったことの背景としては、核政策が政権交代により継続したものでなくなることである。
安全保障戦略については、政権交代によらず継続性を持って行われるべきものであり、大きくぶれることがあってはならないものだが、大統領選挙においては、責任ある超大国のリーダーとして核政策をどのようにするのかが争点となることも多かった。
そのために、政権交代が起きると核政策も変わっていったのである。
それへの対処としては、4つの戦略・要素の連携をとるために必要な閣僚、米議会、国防総省、国務省、財務省、国土安全保障省、エネルギー省の連携も欠かせない。
関係省庁が一体化し、4つの戦略・政策の連携がとれるように迅速な対応を行うことができれば、アメリカだけではなく、世界各国の核政策のモデルケースになることができる。
これらの連携は世界の安全保障、そして経済に大きく関わると言える。
次には、CTBTの批准である。
CTBTの早期批准、発効を目指すことをプラハ演説の中で述べ、国際公約とした以上、オバマ政権はそれを達成する義務がある。国内の経済や財政にアメリカ国民の目が行きがちの現状では難しいことではある。
しかし、アメリカがCTBTを批准することで、他の未だCTBTを批准していない国家にも大きく影響を与え、早期発効につながることをオバマ政権は国民、議会に説明し、判断を仰ぐということをしなくてはならない。
アメリカがCTBTを批准しなければ、北朝鮮やイランなどの不信感を煽り、いずれは国際社会の安全保障上の脅威となることからも、この批准は重要である。
CTBTと同様に、交渉がされているカットオフ条約に関しても議論を進めることを米政権は世界にアピールしなければならない。

以上が研究発表の内容である。この発表で取り上げた核脅威の変質や、それに関しての米政権の取り組みは、現在進行中の課題となっている。
今後も、このあたりについては注目しながら、研究を続けていきたい。その研究が、関西学院グローバルポリシー研究センターの活動の一助となれば幸いである。

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